長岡市すずらん通り商店街 新潟県長岡市  
まちなか散策 もっと知りたいすずらん通り商店街。すずらん通りの歴史は長岡の歴史。
 
 名前の由来
 からくり時計
 絵タイル
 なつかしの写真展
 長岡城跡
 河井 継之助と記念館
 国漢学校と米百俵
 山本五十六公園と山本五十六記念館
 山頭火

「クリーン&グリーン」こんにちは、すずらん通りです。
一年中が、春のようなさわやかな風が吹いています。

迎える人はあたたかく、とてもやさしい気持ちになれます。

すずらん通りへようこそ、楽しい思いがいっぱいです。





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名前の由来 からくり時計 絵タイル
名前の由来
すずらん通り商店街は旧国道17号線と郵便局通りと一つ手前の通りの一部から構成されています。
からくり時計
長岡市と商店街が経費を負担して、平成3年10月に完成し、平成23年11月に撤去されました。
絵タイル
長岡花火、姉妹都市フォートワース、雪、長岡藩関係、火焔土器などをデザインしている。
     
なつかしの写真展 長岡城跡 河井 継之助と河井 継之助 記念館
なつかしの写真展
懐かしの写真展へようこそ。
昭和30年代、すずらん通りと中心部です。
長岡城跡
長岡城は元和4年に堀直竒により築城された。堀直竒は十万石の村上城主として長岡を去って行った。
河井 継之助と記念館
1853年6月、ぺリーが四隻の軍艦を率いて来航し、日本の開国を求めた当時、長岡藩主牧野忠雅は幕府の老中であった。
     
国漢学校と米百俵 山本五十六公園と山本五十六記念館 山頭火
国漢学校と米百俵
小林虎三郎は戊辰戦争後の長岡の文武総督になり、明治2年5月1日に国漢学校を開校した。
山本五十六公園と山本五十六記念館
山本五十六は、明治17年に長岡藩士高野貞吉の家に生まれた。
山頭火
明治・大正・昭和初期にかけての俳人・山頭火の句碑






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長岡市すずらん通商店街振興組合
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